« 白いタチアオイの花 | トップページ | 御鳳輦、御座舟へ »

2008年7月21日 (月)

管弦祭、大役を終えて

7月19日(旧暦6月17日)、世界遺産宮島で管弦祭が行われました。平清盛は、京の都人たちが川や湖水で雅に遊ぶ管弦の遊びを、ここ宮島に移し、遊びではなく厳島神社の姫神を慰めるために管弦を行うようにしました。

1701年(元禄十四年)、対岸の地御前神社を出発した管弦船は、俄の風雨で遭難の危機にあったとき、二次遭難を顧みず救助したのが、阿賀村(現呉市阿賀町)の鯛網船と、江波村(現広島市中区江波町)の伝馬船だったのです。いまも管弦船を曳航する栄誉を、担うに至った勇気ある行動でした(くわしくは上記”管弦祭”のリンク先をクリックしてお確かめください)。

さて神社の御祭神が出発する出御祭は、午後4時からおこなわれます。本社社殿で雅楽を奉納し祝詞秦上した後、御祭神を御鳳輦(ごほうれん)に遷します。 御座船まで御祭神を運ぶのは阿賀町漕船の人たちです。4時といえば、厳島神社から大鳥居あたりはすっかり干上がっています。

ところが出御祭が始まろうとするころから、雨が激しく降り、小雨になったところで約一時間遅れて再開。阿賀町4人の”菜振り”の男の子達が大鳥居を潜ったのが五時前でした。

Resize1633

阿賀町の4~8才の男の子は、たくましい水主(かこ)の肩車で、まっすぐ御座船まで先導します。とてもカワイイ子たちですね。

Resize1634

鯛網船二艘に二人づつ分かれて乗船します。右阿賀町二号船、左阿賀町一号船、いずれも艪で漕ぎます。

Resize1637

第一の大役を終えて、ニッコリ笑顔。しかしこれから午後11時過ぎまで、過酷な「菜振り」役が待っています。”菜振り”とは、ボートのコックスのようなものと云えばいいのでしょうか。世話役の水主たちは、コックリ、コックリする、子ども達の安全を守ることも重要ですね。

Resize1636

PENTAX K20D + Pentax DA 55-300mm F4-5.8 ED で撮影しました。

« 白いタチアオイの花 | トップページ | 御鳳輦、御座舟へ »

コメント

今朝は、珍しくもごゆっくりでしたね。
管弦祭のいわれ興味深く読みました。
阿賀と江波の漁船の勇気ある行動に感激です。栄光の栄誉を担うに相応しいですね。
子供たちの表情が何ともいえず、かわいらしいですね。すこし硬い表情は、これからの大役を感じているのでしょうか?
とても、清々しい写真でした。勉強になりました。

管弦祭の由来よくわかりました。
4枚目のほっとした笑顔がいいですね。
かたい感じがしますが、これからの長丁場が心配なのでしょうね。そうした表情をうまくとらえていますね。さすが、です。

2枚目の右端の男の子、両手で水主のおじさんの髪を必死につかんでる様子が、愛らしいです。怖いんでしょうか?緊張してるのでしょうか・・・・

綺麗に化粧してもらって、可愛い着物の男の子たち、暑いのにご苦労さま。
祭りの熱気が写り込んでいて、素敵ですね。

こんにちは
男の子達も煌びやかな衣装を着けてもらってかわいいですね。
鳥居を見たときは厳島神社かと思いました。落ち着いた静かな祭りのようですね。           風来坊、

こんどるさん、こんにちは。
昔の縁起をみますと、理屈に合ってますね。
阿賀町と江波町の漁師船、その活躍があったればこその、大役ですから、子供たちの真剣さもわかりますね。

ariawaseさん、こんにちは。
おっしゃるように笑顔と真剣さの綯い交ぜった表情が生き生きしていて、わたしも好きな写真です。

追浜人さん、たしかに、男の手が髪を鷲づかみしてるようですね。ちょっと、怖い表情のように見えます。まったく気がつきませんでした。他人の肩車は居心地が良くないのか、必死な感じが見えますね。ありがとうございました。

kazuyoo60 さん、こんにちは。
男の子、化粧をされるの、とても嫌なんでしょうか。それとも、昔と違って、近頃は、喜々としているのでしょうか。そのあたりは、?ですね。昔の子は間違いなく前者でしたね。

sake.gorouさん、こんにちは。
煌びやかな浴衣、法被に、鉢巻すがた、様になってますね。怖そうで不安なようすも、みえますけど・・・
この行事は、厳島神社の行事です。
他の場所ではありません。神社と、対岸の地御前神社をむすび、そして宮島の長浜神社、大元神社、最後が厳島神社へ還御するという神事なのです。

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 管弦祭、大役を終えて:

« 白いタチアオイの花 | トップページ | 御鳳輦、御座舟へ »